2012年4月25日水曜日

「イト常連を放置する」・・・・・⑦


「皆様の本日のご厚情にイトは心から感謝を申し上げます。」

「多々良さ~ん、いつまでもお元気で~~~~」

「かげさ~~ん、あっ!かげさんは長生きするわ!憎まれっ子・・・なんちゃらゆぅし」

こいつ、おちょくっとるわ(笑)


「アキ~、あんたもおおきいなってイトも涙が出るくらい嬉しいわ~」

と言ってハンカチで目を押さえだした。

「イト、これで安心して家に帰ってこころおきなく寝れますわ♪」

なに芝居がかったことしとんねん!


『運転手さん、はよ車だしてんか』

運転手も笑っていた。

車が動き出しても窓から顔を出し思いっきり手を振りながら

「みなさん、お達者で~~~~」

「女衒に売られるこの身でもイトは立派に生きていきま~~~~すぅ」

お前、いつの時代に生きとんや!


花見筋を行きかう人も唖然として車を見送っていた。


あとに取り残された私たちは恥ずかしさでいっぱいである。

思わず顔を見合わせながら苦笑いをするしかなかったのである。


『ほな、行きましょか』

二人を促すように「リバー」へと向かった。

「リバー」は一流の料理旅館の地下にあるお店で祇園でも老舗の一つに数えられるサパークラブである。

ここに出入りできるのも憧れの一つとなっている。

入口は重い木製の扉が常に閉まっており入口横にあるカードリーダーで会員カードを通すかその横のインターフォンで名前を言わないと扉が開かないようになっている。

「かげです」とインターフォンで名前を告げた。

重い扉が開き中から「いらっしゃいませ」の声がし、中からオーナーの銀ちゃんが出てきた。

『後から「扇」とこの子が何人か来るし頼むわ』

店の中は生バンドで店の子がオールディーズを歌っていた。


こうしてまたもやイトの我儘の尻拭いをする一夜となったのである。


イト常連を放置する・・・・・完


2012年4月23日月曜日

「イト常連を放置する」・・・・・⑥

今まで傍でこのやり取りを聞いていた多々良さんがやっと口をひらいた。

「イト、もうエエし帰り 帰ってはよう寝や」

「アキももう怒らんとき・・・・イトがこない言い出したらしゃーないやろ」

多々良さんは私以上にイトとの付き合いが長い人である。

「かげさん、あかんわ イトがこー言い出したらきかへんわ」

こー言って私に苦笑いを浮かべた。


「なぁそやろ、かげさんより多々良さんの方がよっぽど話がわかるわ」

イトは腕白小僧が勝ち誇ったような顔をして私の方に笑顔を見せた。

『調子のるな!多々良さんにちゃんと断りとお礼を言わんか!』

私も呆れてしまいこれ以上何も言う気にはなれなかった。

「はい」

「多々良さん ごめんなさい。」

「この穴埋めはちゃんとさせてもらいますし今日はこれで失礼させて頂きます。」

深々と頭を下げたイトの足元はふらついてた。

巽橋の欄干に片手を置いて身体を支えるので精一杯である。


「わかったからはよ帰って寝や 穴埋めはアフターはやめて同伴がええ。」

「同伴やったら眠たいって言わんやろ・・・・」

多々良さんのこの一言で場が和み今まで怒り顔だったアキの顔にも笑顔が戻っていた。


『多々良さん、これから「リバー」に行きますけどご一緒にどうですか?』

「いいですか?ほな、ご一緒させて頂きますわ」

『アキも気分直しに一緒に来い』

「は~~~ぃ♪」

アキからは今まで怒っていたのが嘘のような軽いのりの返事が返ってきた。


通りかかったMKのタクシーにイトを押し込んだ。

窓をいっぱいに明けてイトが笑いながら手を振ってきた。


2012年4月21日土曜日

「イト常連を放置する」・・・・・⑤


多々良さんに軽く会釈をすませ二人を見た。

「あっ!かげさん、ちょうどよかったわ。ママが自分のお客さんをほっといて帰るって言い出しはったやんや!」

「せっかく多々良さんがアフターにさそってくれはって『彩』でご飯よばれてこれから『ルージュ』に行って軽く飲もうかって言ってくれてはるのに・・・」

アキはかなり興奮をし堰を切ったように一気にまくしたてた。

「イト眠いさかい帰るしってなんでやねん!うちのお客さんならまだ判るけど自分の古くからのお馴染みさんやのに勝手もほどがあるわ!」

「うちかて○※▲×■◇♯※●△・・・・・」

もう興奮しすぎてアキの言葉は後半は何を言っているのかわからない。

だが、事情は理解できた。

また、イトの悪い癖が出たようだ。

『わかったさかい、少し落ち着かんかい』

一方、イトはと言えばバツが悪そうにうつむいたままである。

『イト!どーゆぅ事や』

「そやかて・・・ほんまにイト眠とうなったやし」

イトは巽橋から川の流れを覗き込むようにしながらボッソっと呟いた。

「かげさんも知ってるやん、イトが眠とうなったらどないもこないも辛抱でけへんのを」

今度は私の方に顔を向けて話し出した。

『でもな、せっかく多々良さんがアフターにさそってくれはったのに失礼やろ』

「ほなら、眠たいん我慢して一緒に行って眠そうな顔しててアクビしたりしててもエエん?そっちの方が失礼とちゃうん?」

「多々良さんかてぎょうさんお金を使いはるのに一緒に行った相手がそんなんやったらおもしろないんとちゃうん?」

「そんなことしたらかえって多々良さんに失礼やし迷惑になるんとちゃうん?」

確かにイトの言い分にも一理はある・・・・・負けそうである。

「そやさかい、イトは帰るしアキにあとは失礼のないようにあんじょう頼むでって思いで言ってたんやし」

それを聞いたアキがイトの話が終わるか終らないうちに口をひらいた。
「ちゃうやん!ママがゆぅたんはイト眠とうなったし帰るわ しかゆぅてへんやん!」

「ゆぅおう思おたらあんたがえらい剣幕で怒りだしたやんか、そなゆぅ暇もあらへんわ」

イトは一旦言い出すと人の話を聞かない頑固さもあり、もうこれ以上はどうしようない状況である。



2012年4月19日木曜日

「イト常連を放置する」・・・・・④


辰巳神社近くまで来ると聞きなれた声がした。

しかも揉めている。

白川にかかる巽橋の上でなんとイトとイトの店の女の子アキが揉めているのである。

その傍らにイトの常連の多々良さんが呆然としていた。

「こらぁ!お前ら何をやっとんや!」

一喝すると三人は驚いたように私の方を見た

「あっ!かげさん、ちょうどよかったわ。ママが・・・・」

アキが口を切って言い出した。

その顔は困り果て助けを求めている。

イトはと言えば私の顔を見ると下を向いて黙ってしまった。




2012年4月17日火曜日

「イト常連を放置する」・・・・・③

「ダー、タカはどこや?」

「マネージャーはキャッシャの裏で寝てます」

なんとタカは酔いつぶれてキャッシャーの裏で寝てしまっていたのである。

「起こしてこい、起きなきゃ1本はお前のおごりやでってゆぅてきてくれ」

暫らくしてダーが戻ってきた。

「1本自分が出しますから許して下さいってゆぅてはります」

ダーの顔にはおかしくて堪らないと言う笑顔で満ち溢れていた。

時計を見るともうすでに1時を回っている。

「しゃーないなぁ、カエデ チェックをしてくれ」

チェックの為にカエデは階下のキャッシャーに向かった。

「カゲさん、今日はもう家に帰りはるんですか?」

席にいた女の子が聞いてきた。

「いや、腹が減ったから『リバー』に行こうと思うてる」

「連れてってください♪」

他の女の子たちも口を揃えて言ってきた。

「みんなアフターの約束はないんか?」

「そんなもん無いわ」

考えれば無い、今の今まで私と遊んでいたんだから

「じゃぁ、片付けが終わったら『リバー』においで」

「はーぃ♪」

調子の良い声が返ってきた。

「私もご一緒させてもええ?」

キャッシャーから戻ってきたカエデが計算書を差し出しながら笑顔で言ってきた。

計算書と言っても金額だけが書かれていないメモである。

「うん?少ないんとちゃうか?」

その金額をみると明らかに少ない

「マネージャーに1本分出させます。途中で抜けて勝手に寝たしもうてから・・・・本人が出すゆぅてるし出させたらええんちゃいますか」

カエデの顔は右半分は笑って左半分は怒ってる。

「そやな、今日は酔い潰れたタカへの罰金やな」

そう言って清算を済ませながら

「ほな、片付けが終わったら暇な子は『リバー』においで」

そう言い残して『扇』を出た。

『扇』から『リバー』までは目と鼻の先で途中で迷う心配もない。


2012年4月16日月曜日

「イト常連を放置する」・・・・・②


さすが週中の今日は暇とみえて私の席に女の子が5人もやってきた。

そうなるとマネージャーのタカも含め8人でのじゃんけん合戦となる。

私のチームとタカのチームの4対4の対抗戦

「ダー!ニコラシカを4つ持ってきてくれ」

そばを通ったボーイにグラスを頼んだ。

ごく小さなコーディアルグラスをニコラシカと呼ぶらしいが何故だかわからない。

テーブルにニコラシカが並ぶといよいよ対抗じゃんけん合戦の始まりである。

少量とは言えいっぱいに注ぎ込まれたコルドンブルーのストレートはやはりきつい。


「祇園 扇で始まるタカ対カゲのチーム対抗じゃんけん合戦~」
「おぉ~~~!」

じゃんけん合戦が始まったのはいいが

どうも私のチームの子はじゃんけんが弱いのが集まったみたいだ

立て続けに負けてしまい3杯も飲むはめとなってしまった。


「あかん!じゃんけん合戦はやめや、タケノコニョッキをしよう」

「いいですよ~なんか今日は負けへん気がするわ」

タカが憎らしそうな笑顔を浮かべ私の方を見た。


「よっしゃ、ドレミの歌のニョッキや!」

「ダー!水割りグラスを7個持ってきてくれ」

ドレミの歌でドからシまでに7杯の水割りを一気に飲まなきゃいけない罰ゲームである。

1回でも負けるとヘロヘロになってしまう。


そんなゲームやミステリーナンバーをやったりと暫らく遊んだ

気が付くと僅か2時間ぐらいで7本のボトルが空いていた。

しかもタカはすぐに戻りますと言い残して消えてしまったのであった。

2012年4月14日土曜日

「イト常連を放置する」・・・・・①

ふと時計を見ると既に10時を回っていた。

「チェックを・・・」

マネージャーに言いながら『扇』のカエデママに電話を入れた。

「カエデか、暇か?暇だったら今『ルパン』に居るから迎えに来てくれ」

私の場合は必ずママか店の子が迎えに来てくれる事になってる。

一人で祇園を歩かせるとすぐに知らない店へと飛び込んでしまう癖があるらしい・・・

だから必ず迎えに行くので呼んで下さいと約束をさせられてしまうしまつだ

一度、イトのところの大林君から

「かげさん、今まで行って二度と行ってない店を全部教えてください

私が回ってボトルを回収してきます」

と真顔で言われてしまったことがある。


数分もしないうちにカエデが迎えに来てくれた。

私の横に座り水割りを一口飲んで『ルパン』をあとにした。

カエデの店『扇』は花見新橋を辰巳神社の方に入り白川沿いにある。

この『扇』にはイトのところの女の子の実のお姉さんがいる関係で行くようになった。

外見はこじんまりとした京町家だが中に入ると

そこそこの広さがあり店内には螺旋階段があり2階にも席がある

私の指定席はその2階のコーナーで他の客からは死角となっている。

2012年4月13日金曜日

イトとの出会い・・②


そんなイトと私の出会いは数年前へと遡る。

出会いのきっかけは祇園にある馴染みのバーのママからの紹介である。

祇園に面白いママはいないだろうか?と話したの始まりでイトを紹介してくれた。

バーに迎えに来たイトを見て驚いた。

猫のような丸くてやや吊り上った目・・・

すらりとしたスタイルにブランド物のスーツを着てニコニコしながら店の中に入って来た。

「イトです。宜しくお願い致します。」と挨拶をすると

緊張も臆する事も無く私の横の椅子に腰を下ろす。

私に微笑み見せ小さく会釈をしながら名刺を差し出してきた。

その後、暫くはバーのママと話を交わしていた。

絶えず笑顔でニコニコしてる女である。

数分が過ぎただろうかバーを後にしてイトの店に行く事にした。

道すがら他愛も無い話をしながら花見筋にある店へと入っていった。

木製の重い扉を開けると二十畳足らずのお店で女の子が当時十人ほどいただろうか。

ボックスに腰を下ろすと五~六人の女の子が席にやって来て次次と挨拶と名刺を差し出してきた。

芸能人の話やドラマの話等他愛も無い話で盛り上がっている中、イトは私の向いの席でニコニコと

しながら話を聞いていた。

これが私とイトと言う女との始まりである。

イトとの出会い・・①

これからお話しするのは私と私が妹の様に可愛がってる

祇園のクラブのママ「イト」との私的なお話です。

勿論、登場人物は仮名で多少の脚色も含まれています。

また、色恋など艶っぽい話でもなく退屈な物語です。




祇園にイトと言う女がいた。

当時は三十代前半でほっそりとした、美しい黒髪が背中の中程まである女。

その小顔は猫のように・・・そう、鶴田一郎氏の描く女性に良く似ている。
私がイトと出合ってどれほどの時が過ぎたのだろうか・・・・

イトは女の子を幾人も抱えるクラブのママ。
若いママにありがちな雇われママでは無く独力でクラブを開いた頑張り屋の女である。

だが、かなりの天然で我侭でもある。

お店でも眠くると黙って消えしまい家に戻ってしまう。
例え大切な客がいてもお構い無しだ。

いつもマネージャーの大林君を困らせる所業だ。
だが、その憎めない性格から多くの客の支持を受けているのも確かである。